この記事では、遺言書の取扱いについての基本的な事項を簡単にご説明します。
遺言書とは
遺言書とは、自分の死後の財産の分け方や、その他法律的な意思を、法的な効力を持たせて記しておく文書のことです。
遺言書があれば、相続人同士の無用な争いを避け、故人の意思を尊重した形で相続手続きを進められます。
遺言書がない場合、法律で定められた相続割合(法定相続分)に従って遺産を分けることになります。故人の「この人に多く渡したい」「この財産をこの人に譲りたい」といった希望が記された書面が存在しても、遺言書に該当しないものであれば、相続人に対する法的な効力が認められません。
遺言書の種類、作り方
遺言書には主に3つの種類があり、それぞれに書き方や手続きが異なります。
- 自筆証書遺言
特徴: 遺言者本人が、本文、日付、氏名を自筆で書き、押印して作成します。
メリット:
費用がかからず、いつでも好きなときに作成できます。
内容や存在を秘密にできます。
デメリット:
形式に不備があると無効になる可能性があります(もっとも、2020年7月10日以降、財産目録の部分に限って は、自筆でなくてもよくなりました(民法968条2項)。パソコンで作成したり、通帳のコピーを添付したりできます。ただし、目録の全てのページに署名と押印が必要です。)。
紛失や偽造、隠匿のリスクがあります。
保管方法に注意が必要です。以前は自分で保管する必要がありましたが、現在は法務局で保管してもらう制度(自筆証書遺言書保管制度)が利用できます。
- 公正証書遺言
特徴: 証人2人以上の立ち会いのもと、公証役場で公証人が遺言者の意思を聞き取って作成する遺言書です。
メリット:
公証人が関与するため、法的な不備がなく、無効になる心配がほとんどありません。
原本は公証役場で厳重に保管されるため、紛失、偽造、隠匿のリスクがありません。
死後の家庭裁判所の検認手続きが不要なため、速やかに、かつ、内密に手続きを開始できます。
デメリット:
作成に費用がかかります。
- 秘密証書遺言
特徴:遺言者が遺言書を作成し、封印した上で、公証人と証人2人以上の前で、自分が作成した遺言書であることを証明してもらう方法です。
メリット:
遺言の内容を秘密にしたまま作成できます。
公証人が関与するため、遺言書が存在すること自体は明確になります。
デメリット:
形式に不備があると無効になる可能性があります。
内容については公証人が確認しないため、法的な不備がないか自分で確認する必要があります。
死後、家庭裁判所での検認手続きが必要です。
現在では、公正証書遺言や自筆証書遺言の保管制度があるため、この形式を選ぶ人は少なくなっています。
遺言書の作成にあたっての注意点
遺言書を作成する際は、以下の点に注意してください。
- 財産の特定
どの財産を誰に渡すか、具体的に、そして正確に記すことが大切です。例えば、「〇〇県〇〇市の土地」「〇〇銀行〇〇支店の普通預金」のように、特定できるように記載しましょう。単純に全財産をまとめて一人の人物に渡す場合には、厳密な特定性が不要ですが、そうでない場合はできる限り解釈の疑義が生じにくい記載をする方が良いです。
- 遺言能力
遺言書を作成する時点で、遺言者が正常な判断能力(意思能力)を持っている必要があります(民法961条)。
- 遺留分への配慮
法律上、兄弟姉妹以外の法定相続人には、最低限受け取る権利のある遺産(遺留分)が保障されています(民法1042条)。遺言書で特定の人物にすべての財産を譲るといった場合でも、遺留分を侵害しないように配慮しないと、後々トラブルの原因になることがあります。
- 共同遺言の禁止
遺言は、二人以上の者が同一の証書ですることはできません(民法975条)。例えば、夫婦でお互いに、先だった方が残された方に全財産を渡す遺言を作成したい場合には、夫婦がそれぞれ別の遺言書を作成する必要があります。
遺言書の探し方
遺言書の探し方は、遺言書の種類によって異なります。
以下に、主な遺言書の種類と、それぞれの探し方を説明します。
1.公正証書遺言
公正証書遺言は、公証役場で公証人が作成する遺言書です。原本は公証役場に保管されており、平成元年以降に作成されたものは、全国どこの公証役場でも検索できる「遺言検索システム」に登録されています。
検索には、被相続人の死亡がわかる戸籍(除籍謄本)や、相続人であることを証明する戸籍謄本一式、身分証明書などが必要です。
検索自体は無料ですが、実際に遺言書を閲覧したり、謄本の交付を請求したりする際には、作成した公証役場に出向く必要があります。
2.自筆証書遺言
相続が開始する以前は(遺言者の存命中は)、遺言検索システムを利用することはできません。
自筆証書遺言は、遺言者が自分で書いた遺言書です。主に以下の2つのパターンがあります。
- 自宅で保管している場合
遺言者が自宅の金庫や仏壇、机の引き出し、タンスの中などに保管していることが多いです。遺言者本人が信頼できる人に預けていたり、銀行の貸金庫に保管していたりする可能性もあります。まずは、遺言者の身近な場所や、貴重品を保管していそうな場所をくまなく探してみましょう。
- 法務局に預けている場合(自筆証書遺言保管制度)
2020年7月から始まった制度で、法務局で自筆証書遺言を保管してもらうことができます。この制度を利用しているかどうかは、法務局で「遺言書情報証明書」の交付請求をすることで確認できます。請求できるのは、相続人などの利害関係人です。
3. 秘密証書遺言
秘密証書遺言は、遺言書の内容を誰にも知られずに作成し、公証役場でその存在を証明してもらうものです。遺言書自体は自分で保管します。
秘密証書遺言の有無は、公正証書遺言と同様、公証役場での検索システムでは確認できます。
遺言書が見つかったら
- 自筆証書遺言の場合
自筆証書遺言は、家庭裁判所で「検認」手続きが必要です(民法1004条1項)。
ただし、法務局で保管している遺言書は、「検認」手続きが不要です(法務局における遺言書の保管等に関する法律11条)。遺言書が封筒に入っている場合は、封筒を開封せずに家庭裁判所に提出しなければなりません(民法1004条3項)。勝手に開封すると5万円以下の過料が科されることがあります(民法1005条)。
- 公正証書遺言の場合
公正証書遺言は、検認手続が不要です(民法1004条2項)。
有効な遺言書が存在する場合の相続人の対応遺産分割協議
有効な遺言書が存在する場合、相続手続きは原則として遺言書の内容に従って進められます。そのため、通常は相続人全員による遺産分割協議は不要となります。
しかし、以下のようなケースでは、遺言書があっても遺産分割協議が必要となる場合があります。
1. 遺言書に記載のない財産がある場合
遺言書に全ての財産が記載されていない場合、記載されていない財産については、改めて相続人全員で遺産分割協議を行う必要があります。
2. 相続人全員が遺言書とは異なる内容で合意した場合
遺言書は故人の最終意思として尊重されますが、相続人全員が合意すれば、遺言書の内容とは異なる遺産分割をすることも可能です。この場合、遺言書の内容に代わる新たな合意として、遺産分割協議書を作成し、これに基づいて相続手続きを進めます。
ただし、相続人以外の受遺者(遺言により財産を受け取る者)がいる場合: 遺贈を受ける人が相続人以外にもいる場合は、その受遺者の承諾が必要です。受遺者が遺贈を放棄することで、遺産分割協議が可能となります。
3. 遺言書の効力に疑義がある場合
遺言書が形式的に無効である可能性があったり、相続人の間で遺言書の解釈について意見が対立したりする場合、遺言書の有効性を確認する必要が生じます。この場合、遺言書の内容に沿って手続きを進める前に、協議や調停、訴訟といった手続きが必要になることもあります。
4. 遺言書が遺留分を侵害している場合
遺言書は有効であるものの、その内容が法定相続人の最低限の取り分である「遺留分」を侵害している場合、遺留分を侵害された相続人は遺留分侵害額請求を行うことができます(民法1046条)。この問題を解決するために、相続人全員が話し合い、遺留分を考慮した遺産分割協議を行うことも有効な手段の一つです。
遺産分割協議を行う際の注意点
有効な遺言書が存在するにもかかわらず、遺言書と異なる内容で遺産分割協議を行う場合は、後々のトラブルを避けるために、以下の点に注意して慎重に進めることが重要です。
- 相続人全員の合意:遺産分割協議は、原則として相続人全員の同意がなければ成立しません。
- 遺産分割協議書の作成:合意した内容を書面(遺産分割協議書)に残し、相続人全員が署名・押印しておくことが不可欠です。
- 税務上の問題:遺言書とは異なる分割方法を取ることで、贈与税などの税務上の問題が生じる可能性がないか、専門家(税理士など)に相談することが推奨されます。
遺言書の専門性の高さ
遺言書の基本事項を簡単にご説明しました。
遺言書の存在が相続に与える影響が非常に大きく、遺言書の有無により、相続手続の進め方が全く異なるものになることがお分かりいただけたかと存じます。
遺言書についての疑問点やお困りごとが発生した場合には、遺言書の取扱いについて専門知識を有する弁護士にご相談することをおすすめします。